分類不可のブログ記事

次男が川崎病で入院した時のことを振り返る。


この記事は次男が罹った川崎病について書いています。ネットで情報を探すと不安が増すページばかりが見付かるのですが、中には安心を与えるような記事があっても良いだろうと思って書くことにしました。

注1)私は医師ではありませんので、この記事も参考程度にして頂き、お子さんが川崎病の可能性がある場合は医師からしっかりと説明を受けることを優先して下さい。

注2)記事中で川崎病の後遺症や治癒に関して断定する表現を避けました。

生活環境の変化

今年1月に今の家に引っ越してきたことで次男は保育園を転園することになりました。4月から友達が一人もいない新しい保育園。僕も妻も多少の不安を抱えていました。

そうでなくても新しい家に引っ越してきたばかりで不慣れなことも多いですし、昨年11月に三男が産まれたばかりでこの時はまだ0歳と4ヶ月、そして長男の小学校入学を控えた時期。昨年末から今年の4月にかけて様々なライフイベントが重なり、あたふたした生活を送っていました。

発熱といくつかの症状

3月末に次男が37℃以上の熱を出し、最初は風邪かなと思っていたのですが、咳も鼻水もなく、喉が痛い訳でもない。具合が悪そうでもなかったので様子を見ることにしました。

しかし発熱の他に両目が充血したり、発疹が出たり、唇が腫れたり、手足も浮腫んでいるようにも見えたり、様々な症状がありました。そんなわけで小児科を受診しました。

家族全員で小児科へ行き、僕は長男と三男と共に車で待機。妻が次男を連れて小児科へ入っていきました。

そこの小児科は予約制なのでそんなに待ち時間がないのですが、30分経っても40分経っても出てこないわけです。これは何かあったなと感じました。

45分ぐらい経った頃にようやく出てきて、「川崎病の疑いがあります」と言われたとのこと。地元の赤十字病院への紹介状をもらったので、その足で今度は赤十字病院へ行きました。

「川崎病の可能性が高いですが、熱が出てまだ3日ぐらいですからまだ断定ができません。あと3日経っても熱が下がらなければまた来て下さい。」

大体そのようなことを言われ、自宅に戻って様子をみることにしたのでした。

川崎病(かわさきびょう、英: Kawasaki disease, KD)は、おもに乳幼児にかかる全身の血管炎症候群。主に中型の血管が全身性に炎症を起こすことで、発熱、発疹、冠動脈病変など様々な症状を惹き起こす。小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群(英: MucoCutaneous Lymph-node Syndrome, MCLS)とも言われるが、世界的に川崎病 (KD) が一般的。 wikipediaより引用

 

これは熱が出て4日目ぐらいに撮った写真で、一番右が次男。写真では分かりませんが目の充血や唇の腫れなどで実際は痛々しく、明らかに普通じゃない感じがしていました。

20141225_01

 

川崎病と診断される

熱が出て5日目だったかもう定かではありませんが、熱が下がらなくて色んな症状があって明らかにおかしいので再度赤十字病院を受診しました。

その時ようやく川崎病だと診断され、そのまま入院することになりました。

20141225_02

僕は普段ネットを使って仕事をしていますから、この時も当然のように川崎病についてネットで調べていました。しかし素人にはいまいちよく分からない上に『川崎病の子供を持つ親の会』なるホームページを見つけてしまい、ものすごく不安になってしまいました。

そして実は父が医師(皮膚科医)なのですが、父も「ちょっとこれは大変だぞ」みたいなことを言うので、後遺症を持つことや治療が長期に渡ることをある程度覚悟した上で、赤十字病院の医師の話を聞くことにしたのでした。

医師の話

医師から伝えられたのは大体以下の通り

  • 川崎病は全国で年間1万人ほどが罹患する病気で、あまり珍しい病気ではない
  • 原因はウィルス感染、自己免疫疾患など各説があるが特性はされておらず、原因不明
  • 免疫グロブリン療法を行い、その際に使う免疫グロブリン製剤(血液製剤)が特効薬として用いられている
  • 息子にも1日かけて血液製剤を投与し、投与終了から24時間で治療効果を判定する
  • 入院は最短で5日、長くて10日ぐらい
  • 後遺症として、冠動脈が拡大することがある(冠動脈瘤)

20141225_03

「血液製剤」と聞くと過去のニュースを思い出してドキッとしちゃいますが、特に問題ないとのこと。

そして、医師の表情とか話のニュアンスで、おそらく問題ないだろうという印象を受けました。もちろん中には後遺症が残るケースもあるようですが、それは珍しいケースであるようでした。

ネットで調べても全然分からなかった川崎病ですが、医師からしっかりと説明をしてもらえたことで、ようやく僕は落ち着きを取り戻しました。

そして同時にネットの限界を思い知らされました。素人がネットであれこれ調べるよりも、何事も現場で経験している人に聞くのが一番だと悟った瞬間でした。

入院生活

入院には僕が付き添うことになりました。妻はまだ生後4ヶ月の息子で手いっぱいですし、この病棟に赤ちゃんを連れてきてはダメとのこと。

僕は自営業でウェブを使った仕事を生業にしていますから、時間の融通はいくらでも効きます。場所の制限もありません。実際にパソコンを持ち込んでたまに作業をしていました。この時ほど今の仕事に感謝したことはありません。

20141225_04

しかし息子の付き添いが僕の役割ですから、実際には生産的な仕事はほとんどできず、メールチェックや簡単な作業をするので精一杯でした。

病院食は美味しいと言えるものではありません。息子はあまり口にせず、時々妻が差し入れてくるご飯や果物、お菓子などを食べていました。

20141225_05

息子にとって辛かったのは点滴と、体に繋がれたたくさんのチューブ。抗生物質と血液製剤を投与され、心電図を計測するための機器が取り付けられ、身動きが取りづらい状態になっていました。

血液製剤を投与している2日目と3日目が一番見ていて痛々しく、僕も辛かったです。

20141225_06

僕にとって最も辛かったのが寝る時。特に大きい訳ではない1台のベッドで、4歳の息子と一緒に寝なければいけませんでした。寝返りを打つ余裕はありませんし、ちょっとでも動けばすぐに息子にぶつかってしまいます。

最悪だったのが心電図モニターの音。ちょっと動いただけで警告音が鳴るので、一晩で何十回起こされたか分かりません。

20141225_07

息子だけならまだしも、相部屋でしたので他の子の心電図モニターの警告音が聞こえてきて、それでも起こされました。2日目の夜はイライラのピークに達していました。

ただ時々妻が三男を僕の母に預けて僕と付き添いを交代してくれたので、それが救いでした。その間に1時間ほど昼寝をしたり、シャワーを浴びたりして体調を整えることができました。それがなかったら僕にとってもかなり厳しい入院生活だったと思います。

回復、そして退院

ありがたいことに血液製剤の効果はてきめんでした。みるみる熱が下がり、充血も治り、手足のむくみや唇の腫れ、そしてイチゴ状にブツブツになっていた舌も元の状態に。全ての症状が収まっていました。

心電図と血液製剤の点滴が外れ、それだけでもかなり身軽になりました。

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4日目には抗生物質の点滴も終わり、血液の流れをよくするために飲むバファリンだけになりました。これで息子もかなり元気になりましたし、隣のベッドの子と遊ぶ余裕も出てきました。

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入院中は出来ることが限られますので、iPadでYoutubeの動画を見たり、スマホのゲームをする時間が多かったですね。これはまあ仕方のないことです。

そして入院5日目のお昼頃に医師から退院の許可が降りて、無事に、そして幸運にも最短で退院することができました。

退院から8ヶ月以上が経った今の状況

退院から1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後に診察を受けましたが、特に異常はありません。バファリンは退院後も1ヶ月間飲み続けていましたが、それ以降は飲んでいません。

そして今は特に薬を服用することもなく、後遺症もなく、元気に保育園に通うことができています。本当にありがたいことです。

そして8ヶ月以上が経った今、当時のことを記事にする決意ができました。いつか書くことがあるかもしれないと、写真を撮って記録しておいたのが今になって役に立ちました。

年間で約1万人の子供が罹患するということですから、決して少ない数字ではありません。1万人の子供には2万人の親がいて、その祖父母も含めれば結構な数になります。

その方々の不安を少しでも和らげることができたらこの記事を書いた甲斐がありました。そんなに珍しくはないけどほとんどの人は知らない川崎病。それを経験した親としての体験談をありのままに書きました。

最後に

お子さんが川崎病かもしれないと思ってインターネットで調べたとしても、よく分からなくて不安になるだけです。十分に気を付けたつもりですが、もしかしたらこの記事にも不十分な点があるかもしれません。

余計な知識・先入観を入れて不安に苛まれる前に、なるべく早い段階で大学病院や赤十字病院など専門の医師の診察を受け、必要な治療を受けて下さい。あとは経過を見守るだけです。

最後まで読んで頂きましてありがとうございました。
 

 

コメント

  • コメント (8)

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  1. こんにちわ。3?年前の話しですが私も3~4歳のころ川崎病で入院していました。
    最新の医療のことはわかりませんが、当時、対処方法はなく両親はかなり心配していたそうです。
    退院してから高校まで毎年検査を受けていましたが、問題なく生きています。
    私の家の対処方法は根本的に体を強くすつこでしたので、
    水泳とサッカー(身体を動かすこと)をずっと続けていました。

    医者のアドバイスを聞き、治療していくことは重要ですが、
    体を強くする為の運動をおすすめします。

      • ようすけ
      • 2015年 3月 25日

      アドバイスありがとうございます。
      うちも最近子供達がサッカーを習い始めましたので、
      これから強くたくましく育ってくれるのではないかと思っています。
      一番はやはり免疫を強くしていくことなのかと感じていますので。

    • たに
    • 2015年 1月 29日

    昨日長男が川崎病と診断され、入院。
    不安でネット検索してたどり着きました。

    まるで一緒。今血液製剤投与してます。
    この治療を選んで良かったのか凄く不安だったから、
    安心しました。

    経過観察してみます!

      • ようすけ
      • 2015年 1月 29日

      不安はよく分かります。すぐに良くなると良いですね!
      お祈りしております。

    • さむ
    • 2015年 1月 11日

    発信された言葉の受け取り方は人それぞれ違うと思います。
    tootaさんのような方もいるわけですし、その病気に対してあなたの述べた事全てが誤解を生むケースもあるという事を認識して下さい。

    あなたのアドバイスも、言葉は悪いですが、大したアドバイスではないですよ。
    みなさん、そのぐらいの事はしています。

    • toota
    • 2015年 1月 11日

    あなたの息子さんは症状の軽い方です。
    なかなか薬が効かず川崎病でも今なお入院している自分の息子のことを思うと、こんな軽々しく入院生活は大変だったなんて口にしてほしくない。
    私は付き添いで5日もお風呂に入れない生活をしている。
    息子はもう2週間も。。。
    今もこれからも戦っていかなければいけない人達の気持ちを考えてください

    • mic
    • 2014年 12月 26日

    良かったですね!こうして記事にする事が出来るようになった、というお気持ち、とても良く分かります。

    私も息子が幼児の頃に肺炎で入院した際に付き添いで病院に泊まりましたが、息子のベッドの下に担架のようなベッドを出して横になるのですが、同室の子が手術した跡が痛いと泣くのでナースコールしたら、痛みに耐える事もこの子の為です、と看護師から注意を受けたり、点滴をしてる子がトイレに行きたいと泣くので連れて行ったら、勝手な事はしないでと看護師に注意されたりて・・・翌日、その子の母親にはお礼を言われましたけどね。

    子供の病は実に辛いもので親としては出来ることなら代わってやりたくなるものですが、小さい頃に経験した病は大人になって抗体となって役に立つともいいます。歌の「サンライズ・サンセット」のように子供はアッという間に大きくなってしまいます。どうか子育てを存分に楽しんで下さい。

      • ようすけ
      • 2014年 12月 26日

      ありがとうございます。幸い難病ではなく、すぐに完治したので本当にホッとしました。1回では薬が効かないケースや後遺症が残るケースもありますので、覚悟が必要でした。
      入院を経験してみると、社会の縮図がそこにあるような気がして、色々と勉強にもなりました。今だから、これも良い経験だったと言えます。

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